カテゴリ:読書録( 63 )

『40代お年頃女子のがんばらない贅沢な生き方』 横森理香 さくら舎

人生後半期に突入して、それまでできていたことができなくなってきた女子(元?)に対する自己肯定本、というべきだろうか。

眠りが浅くなったとか、無理がきかなくなったとか、いろいろ体調の変化が感じられる今日この頃。ヨガなどの体のメンテナンス時間をしっかり設けたり、仕事のセーブ(やりくり)をしたり、お掃除を外注したり何とか対処法を見つけてきたが、それでもなお、「〇×しなくっちゃ(でも、できない)」と時々感じていた私へのメッセージ本だと感じた。

大好きなことでも、無理がきかなくて、体力を考えてすべし。
たまにはジャンクフードで楽してもOK.
家に生花を飾っていたいけど、造花でもいいんじゃない。
そして、
それでも疲れ切ったら2日でも3日でも何もかも放り出して惰眠をむさぼるべし、

などなど。

ずいぶんいい加減度を増やしてきた私だが、やっぱり母親譲りの「きっちり」が時々自分を縛りつけてきたところがあったので、この本を「そうそう」とうなづきながら読んだ。

ただ、作者がベリーダンスをして女性度をアップさせたのは、ちょっとマネできないかな。ハードルが高すぎる!

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by redsunflower | 2014-12-25 15:25 | 読書録 | Trackback | Comments(2)

「ひとりの午後に」 上野千鶴子 NHK出版 2010年

最近私の読書録によく登場する上野千鶴子氏。

私は、気になった作者は「ダ、ダ、ダ」と一気に読むタイプなのである。

「考えたことは売っても、感じたことは売らない」主義だった作者のエッセイ集、とでもいうのだろうか。

その昔、遥洋子の本に「一流の学者でありながら、子どものように感情の豊かなヒト」と作者を描写してあったが、その表現が間違いなかったことをこの本は教えてくれる。

考えれば、学問とはいえ、作者は結構、厳しい生き方をしているように思う。日本という国は、主流の真ん中にいるほうが、たとえ学者だって、楽にはちがいない。時には、作者の講演会拒否に際して、訴訟をするなどして対権力の戦いも辞さない人、という強いイメージが先行していたが、この本を読んでいると、強がって、傷つきやすい面をもちつつ、それを知性で乗り越えようと生きてきた人だと良くわかる。研究室を訪れる学生へのアドバイスも絶妙だ。BIGなれば、学生への指導がいい加減になる研究者もいるが、そういうタイプではない。

ベストセラー「おひとりさまの午後」に対しては、恵まれている作者だからこそ言える「高みからのアドバイス」という批判もあったが、そのアドバイスが両親を失った後の自らの孤独との向き合いから生まれたものだとこの本でわかる。

あとがきで、この本が優秀な編集者からの働きかけで生まれたことが明かされている。作者書き下ろしのエッセーを提案(上野氏の、これまでのエッセーをまとめたものではどうか、という提案をバッサリ切り捨てたそうな)締め切りがないと原稿が進まない作者のために、「おしゃれ工房」というテキストでの連載をとってきたという編集者。一流の編集者には作者を「この人のために仕事しよう(書こう)」と思わせる、と益田ミリの本にもあったが、そんな編集者がいらしたことにも感謝したい。

上野氏のエッセイの文章も素晴らしい。かなり文学にも造詣が深い気がした。ドライなあっさりした日本語が多い社会科学系の本を読むことが多い私は、見習いたいけど、一生かかっても無理なような気がする。
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by redsunflower | 2014-11-05 08:41 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

「大平光代のくじけない生き方」大平光代 三笠書房

頭痛がしても、論文が書けなくても、本が読めるうちは大したことがない。

3連休は図書館から本を10冊借りて読書三昧。本の読みすぎで頭痛がひどくなった、、、とは思いたくありませんが。。。


「だからあなたも生き抜いて」の著者による本。その生き方が大ベストセラーになった本の著者なので今さら略歴を紹介する必要もないかもしれない。

中学でいじめにあい、割腹自殺未遂。それからさらにいじめはひどくなり、非行へはしる。十代で極道の妻になり、「若い者」にあなどられないために背中に入れ墨をいれるも、離婚。バーのホステスをしていたが、人生を変える「おっちゃん(のちに養父となる)」との出会いで、「相手より幸せになることが最大の復讐」になると勉強を開始、宅建、司法書士、そして司法試験に一度で合格し、弁護士となる。

この本は、【自分らしい幸せをつかむ75のヒント】と副題がついており、人生のヒント本かと思っていたが、ベストセラー以降の著者がどのような人生を送ってきたがわかり興味深い。

弁護士として、主に非行少年にかかわってきたが、2003年当時の大阪市長に乞われて初の外部からの助役に就任する。しかし、当時の関市長もオール野党の中での外部からの人材登用は議会や職員からの猛反発があったらしい。著者の過去にからむ非難・中傷も多く、疲れ果てた著者は40歳になったら出家しようとまで考えたという。

その後助役を辞め、同業者(弁護士)と結婚するが、41歳で出産した子供がダウン症、白血病、心室中隔欠損症、心房中隔欠損症、肺高血圧、甲状腺機能低下症の合併症を持って生まれた。そして、現在、弁護士の仕事はほとんど休業状態で、環境のいい里山で娘の療育を行っている、という。

神様は彼女に平坦な道は備えられなかったと思える。

しかし、彼女は言う。
「世間の尺度からすると、不幸な人とみえるかもしれません。(中略)ただ、目の間ににいる娘がかわいくて愛おしいのです。他人が下す評価に一喜一憂するのは愚かなことだと思っています」

「きっとこの先も楽しい人生が待っています」。

「客観的状況は変えることができなくても、この先、楽しいことがないと思うか、あると思うかは自分次第なのです。だったら、楽しいことがあると思わなければ損だと思うのです」

十代の人生だけでも、人の何倍も苦しい思いをしてきた著者。是非、静謐な生活を楽しんでほしいけど、著者の本を今後も読みたいと思う私です。









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by redsunflower | 2014-10-15 19:34 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

『死にゆく者の礼儀』遥洋子著 筑摩書房

両親の介護経験を書いた本。しかし、著者は同居していたわけではなく、週2回程度実家に通う「ヘルパーさん、同居の兄家族とともにチーム介護」の一員だった。

この本を読んで一筋の光明を見出したような気がする。

私も親と同居しているわけでない。ただ、仕事をしながらたまに顔を出す自分がどのように両親の介護と向き合っていくべきか、模索していた。これまでの介護の本は、主に主たる介護者の視点から書かれているのが多く、なかなか道が見えてこなかった。

結局、正解はない。介護は常に不安定だというのが真実。親の老後だって千差万別、それに応じてしなやかに柔軟に対処していくしかないのだ。ヘルパーさんだって、いろいろな方がおられる。それも現実だ。また、兄や兄嫁には感謝しつつもやはり、習慣などの違いで、微妙なすれ違いもある。ただ、同居していても、そうじゃなくても孤独は孤独。決して、100%安心満足はありえないと著者は説く。

年を取ると「縁側で日向ぼっこして、(おばあちゃんのぽたぽた焼きせんべいの絵のような)老女になる」というのはステレオタイプされた老後なのだ。著者の母親は入院しても隠れてタバコを吸ってボヤ騒ぎを出してしまうほどの猛者だった。それぞれの老後はそれぞれがありのまま受け止めるしかない。修正できるなら、もっと若いうちに変わっていただろう。私も「親が老いたいように老いてもらう、子が前もって悩むことはない。老いもまた人生の一コマ」という気持ちで親と向き合おうと思った。


老いと死を見る機会は親が自分の命をかけて子に見せてくれている最後の教え(p246)という言葉は重い。

タイトルの「死に行く者の礼儀」は親をみとった後、著者が自分が老後を迎えるにあたって、これだけは礼儀として留意しておくべきことを意味する。

「老いを知り、今を生きること」が最強の老いへの準備につながる、とある。

自分も今を大切にしようと改めて思った。

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by redsunflower | 2014-09-27 17:32 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

『おわらない音楽』小澤征爾著 日本経済新聞社

有名な日経のコラム「私の履歴書」に掲載されたものを加筆修正したもの。このコラムは社会的に成功した人が必ずしも順調といえない時期を経験し、それを乗り越えて成功にたどりついたお話が紹介されるので、励まされることが多い。

著者は世界的な指揮者。若くして、国際指揮コンクールで優勝した経緯は、『ボクの音楽武者修行』に詳しいが、本書はその後どのように指揮者として成長していったか、プライベートも交えてのお話である。

国際コンクールに優勝しても、それだけで常に立派な指揮ができ、楽団員から尊敬されるとは限らない。1962年にN響の指揮者になったが、なんとボイコットされてしまう。著者も本で認めているが、経験が少なさすぎ、オーケストラには気の毒だった(指揮者)だったのが、原因らしい。しかし、当時の著者はこのことでかなり傷つき、「日本には戻らない」決意をする。この時父親が言った言葉「人殺しと盗みをしない限り、おまえは俺の息子だ。それ以外のことだったら何でもやれ。最後は俺が骨を拾ってやる」が忘れられないというくらい、著者の心は苦悶していたのだろう。

しかし、この経験はのちに海外で指揮をするときに生かされる。「2度目の機会はない」と常に最高の指揮をめざし、また指揮だけではなくオーケストラのアドミニストレーターとして楽団員とコミュニケーションをとることも重ね、経験を増やすために当時はあまり有名でないオーケストラの指揮者になったりした。そして、今の彼がある。

また、立派なコンサートホールだけでなく、日本の田舎のお寺などで田んぼで作業していた人がそのまま音楽を聴けるような活動も続けてこられたらしい。

海外で長い間活躍されていたので、てっきり家族も海外在住と思っていたが、子供には日本の教育を受けさせたいということで、単身赴任されていたということも初耳だった。

「成功者」著者はこう呼ばれるだろうが、いろいろな困難を乗り越えてこられたのだ。

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by redsunflower | 2014-09-11 11:10 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

『明日もまた生きていこう』 横山友美佳著 マガジンハウス

表紙はいかにも元気そうなバレーのユニフォーム姿の高校時代の著者の写真。バレーの選手に多いざっくりなショートヘアに笑顔が似合っている。しかし、サブタイトルは「十八歳でがん宣告を受けた私」と続く。

著者は、中学時代からオリンピック有望選手となり、高2で全日本シニア登録選手となる。バレーに詳しくない私には、これがどれほどすごいことなのかわからないけど、要するに高校生で社会人に混ざり、オリンピックに向けての候補選手であったということであろう。

しかし、18歳でがんを宣告され、バレーの表舞台から姿を消す。

だが、彼女のすごいところは、闘病生活をしながら大学受験をめざしたところである。治療の副作用で白血球の減少と闘いながら、大学を目指し、見事早稲田大学教育学部にで入学した。がんは一時消えたかに思えたが、入学後6か月で再発。結局治療のために大学も辞めざる得なくなり、21歳で永眠する。

病床にあって彼女は、この本を書いた、とある。

過酷すぎる運命と一言では言い表せない。私ならば、この若さで彼女と同じ運命にあれば、どのように過ごせただろう。ただ、葛藤や言い難い苦悩の中で、書くというプロセスを通して彼女は、自分の人生を見つめなおし、周りの人のサポートに気付く。

人は、当然のように自分は明日も生き続けると当たり前のように思っているが、そんな保証はどこにもない。今日を生き、明日が来ることがどれほど幸せなのだろう。

それにしても、バレーだけではないと思うが、学生スポーツは、こんな感じなのだろうか。公立中学で頭角を現した作者は、全日本ユースで海外遠征に招聘されたが、顧問の中学バレー部の先生が、関東大会に出場を優先させるために、本人に承諾なしに招聘を断ってしまったというエピソードが紹介されている。スポーツは誰のためのもの?と思わざるを得ない。また、学校でのバレーに加えて、強化選手の合宿や海外遠征などの多さは、何度も読み返さないと把握できないくらいのハードスケジュールだ。体力はあるにしても、体の十分できていない十代には、もう少し長い目でみた強化策はないのだろうかと思ってしまった。



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by redsunflower | 2014-09-10 16:08 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

「督促OL修行日記」 榎本まみ (文藝春秋)

データの整理がうまくいかない。論文を書きだすと真正のデータかどうか確認するのはもっと大変になるから、面倒でももう一度ゼロから確認する必要がある。細切れに分析をすると気をつけていてもこういうことはあるのだ、仕方ない、と割り切るしかない。今日はうまくいかなくて疲れ果てたので、明日以降確認すべき項目をリストアップして分析は終了することにする。

最近読んだ本から。

タイトルは軽快だし、タイトルのイラストも今風でかわいい。でも、内容は、副題をつけたいくらいだ。(で、つけました。)

督促OL修行日記ー地獄の勤務を私はいかに乗り越えたか

著者は新卒で信販会社に入社し、支払延滞顧客(要するに借りたお金を返さない人)への催促をする部署(コールセンター)に配属される。普通の大学を出て、普通のOLになる予定だった「気弱なヘタレな性格」の著者はそこで、人格が壊れる寸前までの仕事に打ちのめされる。新卒社員に朝7時から23時までの勤務をさせる部署で、ろくなOJTもなしにいきなり借金の返済を求める電話業務(当然、電話回数も回収率もノルマがある)をさせられ、入社半年で10キロもやせてしまう。当然、電話相手はすんなり支払わない場合が多く、怒鳴られ、ボロボロになりながらお金の回収しなくてはならない。心を病んで辞めていく同僚も多い中、著者は独特の回収方法を試行錯誤で編み出し、ついにはクレジットカード回収部門で300名のオペレーターをかかえるようになった。

借金の回収だなんて、映画「難波金融伝」の竹内力のイメージぐらいしかなかったが(本書の信販会社とは性質が異なるだろうけど)、現在では法律などもあり直接回収ではなく、督促電話による回収が主であること、電話では本人や家族以外では個人情報のため会社名ではなく、名字しか名乗れないことなど知らなかったことも多い。しかし、最も印象に残ったのは、怒り狂うお客様(支払延滞顧客)のペースに巻き込まれずに、いかに支払ってもらえるかを追求する姿勢だ。仮に言い負かしたとしても絶対客は支払わない。そうなれば負けなのだ。怒る(どなる)客は自信のなさ、罪悪感の裏返し、という観察眼も鋭いし、お客様に「ありがとうございます」というときは、「瀕死の母親を思い浮かべるくらい真に心をこめてお礼を言わないと気持ちは通じない」、とあるのは心に響いた。

私にはかなりハードルが高い仕事内容だが、困難な業務にありながら、自分で対処する方法を見つけていった著者には感嘆する。

「おわりに」に書かれている言葉。p.236

「世界中のお客様に嫌われるお仕事でも、私はこの仕事が好きです。このお仕事を与えてもらってよかったなあと、今では心から思います。督促だけじゃないですが「仕事」は生きていくために必要なお金を与えてくれるし、一緒に過ごす仲間も与えてくれる。そして、自分を強くする力を与えてくれるかけがえのないものなのです。

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by redsunflower | 2014-04-17 20:00 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

東大医学部 医者はこうして作られる 安川佳美

予定していた一日のデータチェック作業が終わった。エクセルチェックは頭はあまり使わない。少し脳を使って(笑)書きたくなったので、昨日に引き続き前に読んだ本を紹介したい。

「東大脳の作り方」の作者による本。そういえば現役東大医学部生の本としてヒットしたと聞いたことがある。本書のアマゾンの評価はとにかく悪い。読めばわかるが「東大医学部は偏差値が一番高いから入学した」と公言する作者、確かに真実なのだろうけどそれを正直に書いているからユニークといえばユニークだ。普通はこんなこと書いたら印象悪いから本音で思っていても本には書かないと思うけど。

医者も人間だから、一度しかない若い時期に自分の私生活を犠牲にしたくはない、ワークライフバランスを大事にしたいと研修医先の病院候補を考えたりしていることも、ある意味正直と言えば正直だ。

ただ、本書の貢献は東大病院の実習が科によって全然レベルも要求水準も異なることを世間に開示したことであろう。読んでいて、単に実習を形だけのお客さん扱いで単位を認めてしまう科もあることにびっくりした。ただ、昨今の某事件で大学院レベルの教育が取りざたされている現在、教育に重視がおかれないのは、やはり問題と思う。(名指しで診療科名を挙げられているので、一度先生方はご覧になればと思う)。

一番興味深かったのは精神科の実習だ。通常なら足を踏み入れることのない隔離病棟の描写がリアルで、作者の観察も鋭かった。ここでも、やっぱり精神科医は拘束時間が比較的短く、QLが保ちやすいとは書いてあったけど。

買って読むべき本とは、正直思わないけど(私も図書館から借りた本)、こういう医師もいるとわかった点では学ぶこともあったと言える。
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by redsunflower | 2014-03-20 19:25 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

「女たちのサバイバル作戦」上野千鶴子 文芸春秋

少し前に読んだ本。最近、上野氏の山梨市の講演会をめぐっていろいろあったので、思い出して書いておこうと思う。

私は上野氏のフェミニズム論者としてよりも、彼女の傍系の著書及び関連著書でその存在を知ったものである。(「おひとりさまの午後」、「男おひとりさま道」「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」)
しかし、これはまぎれもなくフェミニズムの正統派の本である。

新書では考えられない、余白の少ない本でかつフォントの小さな文字ぎっしり。そして分厚い。

強硬派フェミニズムは結婚制度も認めない、らしいが、彼女は母を亡くした後、近くに住む男兄弟ではなく東京にいる娘を頼る父の介護のために毎週末東京~北陸を行き来していた。決して、しがらみからの解放だけを主張しているわけではないのだ。


巻末の結びにかえて、から彼女の伝えるメッセージは明確だ。
日本の政治は女たちに不利な方へ進んで行っている、結果としてその動きを変えられなかったことに座視してしまったことに謝罪している

【「官邸前のデモだって、評判の悪いフェミニズだって、少しは世の中を変えることができるかもしれないのですから。負けるとわかった戦争に突っ込んでいったときのオトナたちのように、「あのとき、あなたは、どこにいて、何をしていたの?」とこどもや孫たちの世代からせめられないように。」】

個人的には、雇用機会均等法の結果、女性差別が結果として固定されてしまった(産業界の知恵が一枚上手だった)という意見に共感せざる得ない。それと、「男性にこびる女性政治家、キャスター」を実名でばっさり批判しているのも、すごい。
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by redsunflower | 2014-03-19 18:48 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

「私は負けない 郵便不正事件はこうして作られた」村木厚子著

50%。10人中5人。何の数字かおわかりだろうか。

作者は、現厚生労働省事務次官。しかし、2009年には郵便不正事件の犯人として無実の罪で逮捕、164日にわたって拘留されてしまった。まったくの無実で起訴されたが、厚生労働省の職員で取り調べを受けた10人のうち、5人が彼女の罪を認めたもの(つまり虚偽の自白をしたもの)が5人、つまり50%だった。(ちなみに、PC遠隔操作事件でも、のちに無実とわかったが自白させられてしまった人の割合は50%だったという。

日本の司法制度では有罪率99%だそうだが、「潔白な人」を虚偽の自白によって有罪と証言させてしまう検察の取り調べに大きな問題があることがこの本は伝える。

アメリカでは被疑者の権利は尊重されていて、弁護士同伴で取り調べをうけることが認められている。しかし、日本では、取り調べ外で弁護士と面会できるだけだそうだ。しかも、日曜日は弁護士との面会できないが、検察の長時間の取り調べは続く。そして、逮捕後の拘留は起訴前で20日。今回の村木氏事件でも直接かかわって本人も自身の罪を認めている厚生労働省の職員も、村木氏が関わったことをでっちあげてでも、自分がこの取り調べから逃れたい、と追い詰められ、虚偽の自白調書にサインをしてしまう。ちなみに、調書とは、自白をまとめたものではなく、検事が書いたストーリーに署名したものだそうだ。起訴前の日本の弁護士の主な仕事は、拘置所に出向き被疑者の心が折れてしまわないように、励ますという非常に限られた形でしか弁護ができないらしい。

検事と言えば、司法試験の合格者で非常に頭のいいエリート、不正などありえないと単純に思っていた私には驚愕の話である。

村木氏は、たまたま運が良くて、有能な弁護士チームがひきうけてくれ、また友人知人からのサポートもあったから、無罪を勝ち取れた、とあるが、一般の人であればどうだったであろう。「執行猶予でもいいから、早く拘留からとかれたい」と思う人もいるだろう。

娘二人の前で、母として、働く女性として何一つやましいことはしていないと胸を張って言える生き方を貫きたかった, とご本人は言っておられる。下の娘さんは逮捕当時高3、起訴後も保釈されず、大阪拘置所に拘留されている母に一日15分会うために、東京在住にもかかわらず、夏休み中はわざわざウイークリーマンションを借りて大阪に住み、母に面会したその足で予備校に通ったという。想像するだけで涙があふれてくる。

本書には、村木氏の罪を偽証した元職員も実名でインタビューに答えている。巻末に載せられた彼の獄中の記録「被疑者ノート」が結局裁判で彼の調書の証拠採択を否としたのだが、彼の検察による追い詰められ方はすさまじい。彼もまた自身の罪は別として、被害者であろう。

取り調べの可視化等、遅々として検察の改善は進んでいないようだが、この問題にもっと関心を持たねばと心から感じさせる本である。
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by redsunflower | 2014-02-08 21:23 | 読書録 | Trackback | Comments(0)