カテゴリ:読書録( 63 )

「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」二宮敦人著 新潮社

それは、アマゾンの奥地ではなく、東京の上野にあった。

東京藝大、競争率では東大理Ⅲよりも高く、何浪も多い大学。美校と音校が両方ある大学。その昔、大学生の頃、私立の音楽学部に通う知り合いがさらっと言っていた「大学の練習室にこもって、一日普通7~8時間は練習するの(注:授業外で、である)」に衝撃を受けたことがあった。
しかし、実際の学生へのインタビューを交えて紹介する東藝大はさらに衝撃的であった。そして、実学や効率が幅を利かしつつある大学教育で、将来の安定が保証されない4年間にお金もエネルギーも時間も使う学生たち。それを当然とする教授というか大学。

数年に一度スーパー人材が出ればよし、と教育陣も考えているとか。卒業生たちは、その道のプロ、アーティストとして生計を立てることができるのはほんのわずか、卒業生の半数以上は行方不明、そういう大学なのだ。

心に残ったエピソードから。
●高校生から新幹線に乗って東京で藝大の先生にレッスンを受ける。藝大教授=日本を代表する演奏家、レベルのレッスンを受けなくては合格は難しいらしい(レッスン代+新幹線料金、と考える私は小市民だけど)
●バイオリンは3歳くらいから。バイオリンは体に共鳴させて音を出す。だから、体+バイオリンが骨格的に一体化してなくてはいけないらしい。つまりバイオリンなしでは、体が一部を失っていると感じるほどの一体感が必要で、そのためには6歳じゃ遅いらしい。
●学生の持つバイオリンなども家一軒買えるクラスのものもある。「ちょっと、トイレに行くから楽器見てて~」なんて怖くて引き受けられない。
●センター試験は課せられているが、その割合は低い。(そもそも藝大にセンター試験は必要?とも思うけど)

美校エピソードもいっぱいあった。でも、混沌としたイメージで紹介しきれない。

何だかわからない秘境を探検した気分。今度上野に行ったら、実際に探検してみたい。



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by redsunflower | 2016-11-09 11:39 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

「それでも私は山に登る」田部井淳子著 文藝春秋 2013年

以前に読んだ本だが、作者が先日亡くなられたのでもう一度図書館から借りてきた読んだ。

作者は日本の女流登山家の先駆者である。登山家と言えば「孤高の人」というイメージが強いが、普通の主婦であり、母であった。ただ、山に魅せられて登り続けてこられた女性なのだ。日本国内のみならず、海外のそうそうたる山々へのアタックにも挑戦されてきた。そして、しばしば、女性だけの登山隊で。

しかし、女性だけの登山隊といっても、聖人君子ではない。山という過酷な環境下では揉め事、ゴタゴタなど普通の日常生活以上にいろいろあったことも書かれている。地上では体力があっても、いざ頂上へ登頂という際には、ベストメンバーで臨まなければ命の保証がない。また、時には登頂をあきらめなければならないときもある。その際に出る隊員からの不平・不満、あるいは中傷にも動じずに芯がぶれることなく決断をしなくてはならない。私なんかだとお手上げあるいは切れてしまいそうな状況でも、作者は何度も失敗を繰り返しながら、山に登り続けてきた。「それでも私は山に登る」というのは、山にはそれほどの苦労をはるかにしのぐほどの魅力があるということだろうか。

作者は乳がんを2007年に、そして2012年に腹膜がんにかかる。特に腹膜がんは一時は余命数か月宣告を受けられたぐらいの悪い状況だった。しかし、抗がん剤治療を受けながらも、山に登ることを止めなかった。足があがらなくても、とにかく家よりも山にいくことを望んだ。東北震災後は、東北の復興のためにボランティアでイベントを企画し、東北の子供たちを富士山登山に招待したりもされていた。

結局、腹膜がん発覚から5年たたずして亡くなられたわけだが、「5年生存率3割」という宣告にも負けずにみごとに生き切られたということだ。

ご冥福を心よりお祈りしたい。

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by redsunflower | 2016-11-06 12:15 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

女40歳からの「不調」を感じたら読む本 木村容子著 静山社文庫

作者は、一度国家公務員になったが、外留中に漢方に目覚めて医学部に学士入学された方。

この本に出会った当時、私は単身赴任と親の介護の始まりで不調の連続であった。この本を読み、年を重ねるにつれ、エネルギーボールが縮小していくことを知った。そして、変わりつつある体のバランスを保つためにもエネルギーを使用するので、無理は絶対ダメ、過去の栄光と割り切り、これからは、残っているエネルギーを大切に少しずつセーブする生き方(働き方)をしなくてはならないとわかった。また、水分の取りすぎにも気をつけること(一日何リットルも飲む健康法は、乾燥した地域に住み、胃腸の丈夫なヒト向け)、眠るのにもエネルギーが必要ということも。

それまでも、漢方の本を読んでいたことはあるが、ここまで統合的に「変わりゆく体調」に東洋医学的(食べ物、ツボ、生活習慣など)にアプローチしていた本は初めてだった。

今も、時々思い出しては読んでいる。ずっと手元に置いておきたい本。

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by redsunflower | 2016-10-12 13:48 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯 古川智映子 潮文庫

朝ドラ「あさがきた」の原案となった本。

この朝ドラには親の入院時期スタートからほぼ重なり、毎日励まされた。主題歌もきっと忘れられない曲となるだろう。
病室で、読むために買った。スマホをずっと見るより、やはり本を読むほうが私には向いている。

広岡浅子氏の人生はドラマですでにご存じだろうが、この本は1988年に初版で出版されている。ドラマが始まるまではそれほど売れたわけではなかったらしい。
作者は、執筆時に丹念に資料集めをして、加島屋が設立した大同生命(*)ですらその価値に気付かず、整理もされていなかった資料を掘り起こし、分析した情報をもとにこの本を執筆した。ドラマでは触れられなかったけど、主人公の浅子はその業績も素晴らしいが、乳がんや結核などの病にも倒れている。そして、NHK的にはどうしても飛ばさざるを得なかった事実、夫の広岡伸五郎の妾には、あさが実家から連れてきたおつきの女性・小藤がなったこと(炭鉱などに泊まり十分お世話ができないというあさの依頼で、、)その小藤はずっとあさたちと同居し、その子供たちも加島屋の子として重要な仕事を引き継いでいく。

明治の新しい女性を生き抜いたあさだったが、今では考えられなかった女性の生き方も併せ持っていたのである。

作者の古川氏がBS番組に出ておられたのを見たが、とても感じのよさそうなおばあ様(失礼!)で、ご本人が急に昔書いた本が売れだして一番びっくりされていた。この本の執筆の動機が、ご自身の離婚後、とにかく何かを死に物狂いで進んでいきたかった、ということも胸を突いた。



*大阪の大同生命本社ビルは昔加島屋があったところに建っています。

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by redsunflower | 2016-04-06 10:42 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

「ひとりで死ぬのだって大丈夫」奥野滋子著 朝日新聞出版

昨年、親のがんの再発がわかってまず言われたのが、「最期の看取りを在宅でするかどうか」ということ。その際に一度図書館で借りた本。書かれている末期がんの症状が、まさに今、該当することが多く再読した。

本は在宅を勧める趣旨が中心だが、必ずしも在宅だけを選択肢に入れているわけではない。
初めての在宅での看取りは、人の死に慣れていない現代人にとってハードルが高すぎる(医療関係者においても、医療の分業化(急性期、慢性期など)終末期の患者をみとることに慣れていない人も多いらしい。



在宅医療は国の医療方針だそうで、今回の医療保険点数改正にあたっても、在宅医療に手厚い改正が行われた。

しかし、実際この一年親の症状を見てきて、がんの在宅での看取りはよほど覚悟と条件がなければ、家族はつぶれてしまうと感じた。当初は医療保険でカバーできない分は、自費で人を雇って在宅看護で、と考えていたが、がんに痛みが出た時点でその考えは粉々になった。がん患者の70%程度に痛みがでるらしいが、その痛みは見ていられないほど強烈だった。もちろん、通院していた時もドクターは痛み止めと「レスキュー」と呼ばれる医療麻薬を処方してくださったが、だんだんうまく痛みをコントロールできなくなってしまった。家族としては、痛み続ける親の姿を見るのは本当につらかった。

ホスピスに入るには、告知が必要だったので、悩み抜いたうえ、告知をして緩和治療を選択した。

今、親は、病院でほぼがんの痛みを感じていない。痛みのコントロールは個人差があるので、熟練した処方が必要だそうだ。容態が日によって変わるが、適宜薬の処方を変えてくださっている。


ただ、スピリチュアルペインと呼ばれる心の痛みは、難しい。ただ、寄り添って調子のいい時に声掛けかマッサージぐらいしかできない。

しかし、考えてみれば在宅で、医療知識の乏しい家族がどこまでできるだろうか。日々の不安に押しつぶされてしまってスピリチュアルペインを抱える病人の心に寄り添うどころではないだろうと思う。
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by redsunflower | 2016-03-18 10:43 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

「硫黄島の兵隊」越村敏雄・吉川清美著 朝日出版社

私がまだ20代前半だったころ、仕事で行ったワシントンDCに「Iwojima memorial]と書かれたモニュメントがあった。当時の私は硫黄島については第二次世界大戦で激戦地であったことはかすかに知っていたが、詳細は何も知らなかった。

この夏、TVでクリント・イーストウッド制作「父親たちの星条旗」という映画を見た。硫黄島の激戦だけではなく、なぜ、あのモニュメントが建てられたのか、このモニュメントのモチーフとなった写真の兵士たちの運命をアメリカ側の視点で描いた秀逸な映画だった。(映画の批評YOUTUBEの予告篇 はクリックしてください)特に、予告編の後編で「戦争とは・・」と語る帰還兵の言葉には重みを感じる。どこかの国の政治家にも是非見ていただきたい映画だ。

この映画を見て、硫黄島についての本を図書館で借りてきたのが、今日紹介する本。
作者は硫黄島からの数少ない帰還兵のひとりとその遺志を継いだ娘さんである。生還したのは、重病のために戦闘直前に日本に送還されたから。日本軍の戦死者19900人、生存者1033人。アメリカ軍は戦死者6821人、負傷者21865人。いかに激しい戦いであったかわかる。

しかし、この本は、硫黄島の戦闘が始まる前にすでに日本軍が事実上、負けていたことを描いている。
硫黄島には、水もなく兵士は絶望的な喉の渇きを常に抱えていた。加えて、水のないところには草木は生えず、食料補給もなかった。栄養失調でフラフラになりながら、戦闘に臨まなければならなかった兵士たち。輸血を準備して、衛生兵(医療従事専門の兵士)を前線に配置していたアメリカ軍との違いは大きい。「日本では戦死となるところを、次々と戦傷の範囲に引きとどめる努力をした…」と作者は記している。

硫黄島は現在日本の領土である。しかし、まだ一万体近い遺骨が収集されていない。アメリカ軍は戦後10年内にすべて兵士の遺骨を収集したというのに。

「戦争を知らないで、一生を終えられたら、これほど幸せなことはありません」と越村氏の言葉は本当に重い。



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by redsunflower | 2015-08-23 11:04 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

「大発見」の思考法 (文春文庫)山中信弥 益川敏英著

気分が落ち着かないときは本を読むのに限る。

良書と出会うと、たとえどんな環境におかれていても読んでいる間だけは、現実の問題を忘れ、自分の世界に入ることができる。

少し前に読んだ本。「捏造の科学者」を読む少し前ごろだろうか。
読み終えたとき、すがすがしい気持ちになり、背筋がピシッと伸びる気がした。

この本の執筆時は、山中先生はまだノーベル賞受賞前だったが、すでにノーベル賞受賞されていた益川先生との対談においても堂々と語り合えるものを持っておられると感じさせられた。

おふたりとも研究人生において、当然ながらうまくいかないときもあったことを正直に語られている。具体的なエピソードも豊富だ。研修医時代にかなり強烈な体育会系指導(!)を受けたらしいが、今頃当時の指導ドクターは「えらいことしたなあ(失敗した!)」と思っているだろうと想像する。

折に触れて読み返したいと思った本。



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by redsunflower | 2015-02-27 11:54 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

「山本美香という生き方」山本美香著 日本テレビ著 新潮文庫

プライベートでは親の病気などいろいろ大変なことが多いが、こういう時こそ背筋がピシッと伸びる本で元気を得たい。

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ジャーナリストの後藤健二氏がイスラム国によって処刑されたのは記憶に新しい。

自己責任という声もあった。実は、私も自己責任という意見に近い考えを持っていた。

しかし、この本を読んで考えが変わった。戦場へ向かうジャーナリストは、もちろん死を覚悟している。しかし、戦場ではそのリスクをできるだけ下げるように、用心を重ね、慎重に取材をするためにできるだけのことをする。しかし、それでも悲劇は起こる。では、戦場取材を止めればいいのか。答えは、NO. そうなればご都合メディアのみの情報しか伝わらない。戦場となった国から逃げることができない市民たちの声を拾い、御用メディアが伝えない戦争の真実の姿をできるだけ伝えようと彼、彼女らは向かうのだ。

山本美香氏は女性ジャーナリストとして、イラクなどの戦地で女性や子どもに接し、彼らの生の声を、姿を伝えた。バクダッドのホテルでは米軍がジャーナリストの滞在するホテルを爆撃し、隣の部屋の記者が爆死した経験を持つ。フセイン元大統領の銅像が引きずり倒されたことは、メディアが盛大に伝えたが、実際にはその時地元の人はわずか30人程度しかいなくて、広場はガラガラだったという。

これらの報告を見ても、戦地の報告は「大本営発表」であり、都合のいい映像や情報しか伝えられないことがわかる。しかし、苦しむのは現地の人だ。医療品もなく負傷してもただ寝かされている大勢の人。それでも、外国人女性の山本氏が取材すると「ありがとう」と言われたこともある。

危険と隣り合わせに真実を伝えるジャーナリストの存在があればこそ、戦争の当事者が好き勝手なことをする抑止力になる、と山本氏は信じていた。

表紙の彼女のまっすぐな視線が印象的だ。

本を読んで自己責任という言葉は、その時点で思考の停止をもたらしてしまうことに気付かされた。






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by redsunflower | 2015-02-17 09:37 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

捏造の科学者 STAP細胞事件 須田桃子著

単著ではあるが、毎日新聞の記者チームによる取材力の高さを感じさせる本。

「捏造の科学者たち」というタイトルがより適切ではないかと思わせる中身であった。
小保方氏のみではなく、その共著者たち、そして、事件発覚後何とか幕引きをはかろうとする理研。コピペがまかり通った博士論文を受理した大学院。これらが、結局すべて故意であろうとなかろうと捏造の論文を生み出していく素地となった、とメッセージを送っているのではないか。

理研の遅々として進まないSTAP不正論文の審査を、作者は関係者や大学教授への取材を通してスクープとして取り上げた。そして、それが理研を次の審査へと進まざる得ない状況へ進める結果となった。このままでは、日本の科学ジャーナリズムの根幹にかかわると危機感を感じたという表現が本文中に幾度が表れていたのが印象的だ。

著者の日頃の人脈なのか、取材力の賜物なのかわからないが、少なくない研究者が彼女の取材に応じて忌憚ない意見を表明していたことは、日本の科学者の良心をみたようで救われる気がした。「STAPあるある詐欺」とまで言い切った研究者までいたことは驚きであったが。

これだけの取材をこなした著者はあとがきで、小さな子の母でもあり、仕事と家庭の両立に悩みながら仕事をつづけたとある。このような形でのスクープではなく、ぜひ真の発見によるスクープで科学部記者を仕事に駆り立てることができることを心より願う。

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by redsunflower | 2015-02-01 21:30 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

「あるがままに生きる~心臓外科医の語るいのちの奇跡」 南淵明宏著 永岡書店 2014年

著者は我が国屈指のスーパードクターの心臓外科医。

一昔前のエライお医者さんというのは、権威が白衣を着ている感じだったが(白い巨塔?)、本書はずいぶん印象が違う。最近は、国立大学の医師だけでなく、独立系の?医師の活躍が著しいからそのように感じるのかもしれない。

著者は高尚な目的が当初からあって医学部をめざしたのではないと正直に書かれている(この正直さもいい)。
子どもの時に親の商売が失敗し、いわゆる夜逃げ状態。学費免除の私立中学・高校に通うが、そこでも「協調性のないお前は医者にでもなるしかない」という先生の言葉に、職業として医学部を選んだ。
(当然、勉強はできたのだろうが)
医学部でどのような経験をしたのかについては詳細は省かれているが、日本にいては手術の助手を務めるのもままならない状態に一大決心して、オーストラリアへ。そこで、世界各国から来たドクターたちと切磋琢磨し、心臓外科医のエキスパートといわれるまでになった。

ただ、この本はありきたりのサクセスストーリーではない。
全編に漂う患者に対する優しさ、尊敬。おそらくは毎回死と向き合って手術を行う心臓外科医は生きることと死ぬことの紙一重を誰よりも感じているのかもしれない。

これまで医師が、霊魂や医学を超越した力について語ることはあまりなかったと思うが、心臓移植をしたあと急に食べ物の好みが変わった患者の例(心臓摘出者の好みだった)など、日常の医療行為の中で経験したいわゆる不思議経験も書かれている。

毎回、手術の前はやはりこわいと感じる、と正直なスーパードクター。こんなお医者様なら手術していただきたいと思った。
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by redsunflower | 2015-01-14 17:10 | 読書録 | Trackback | Comments(0)