「新大学教授になる方法」鷲田小彌太 ダイヤモンド社

研究と教育のハザマで迷える私に,

「これだ」と思える本に出会いました.
タイトルは「大学教授になる方法」ですが,実際は「大学教授であり続ける方法」と言った方がよいでしょう.

以下,抜書きです(一部,要約)


p139
大学教授には,研究費も休暇もないと思いたい

「仕事」は習慣の力によって持続するものです....(略)大学の授業以外の時間を,教育研究のために使うきちんとした人生設計を持とうとしない限り,気がついたら,ただ中身のない中途半端な遊び人と化している,という場合がほとんどです.いい仕事をしている先達,若い人に共通しているのは,機械的に仕事を持続して,ガッと短い休暇をとることです.彼らは,決して,ガッと仕事をして,長い休暇を楽しむというタイプではありません.


p.148
学問への好奇心は,雑学によって深まる

教育研究者として,常識,正確には教養がないではすまされない.
1.教育者として教養の欠如は致命的.自分の研究した専門を専門用語と専門技法を駆使して教えてすますことができるのは,大学院においてのみである.

2.自分が研究した専門領域のことだけを講義すればすむのであれば,こんな簡単なことはない.

3.現実的であろうが,観念的であろうが,何かを知りたい,という知的欲求に支えられていなければ,学問がすすまないだけでなく,講義を聴く学生の胸に迫ることはできない.


p.153
教養は読書によっては身につかない.

読書を積んだからといって,教養はつきません....(略)専門の本を読む.専門周辺の本を読む.専門にまるで関係のない本を読む.しかし,自身はあくまで専門家であることをやめようとしない.こういう知的営為によって教養は形成される.

p.178
教育は研究と通底していて,効力を発揮する

よい研究者でよい教育者は少ない.(略)よい教育者で,非研究者はいない.

p.204
学問も教育も専門が基盤
専門で優れていれば,それでよし,などとはいいません.しかし,特定の分野で専門家である,ということが研究者の最低条件です.ペーパー(学術論文)は,専門能力の一つの証です.従って,しっかりしたペーパーのない人は,専門家として認められません.ペーパーであれば何でもいいというわけではないのです.

専門は廃れても,専門を習得する技術は廃れない.
自分の習得した専門の知識や技術は,その大部分は廃れると思ってください...(略)その専門を習得するために得た学的「技術」は廃れません.


ただし,本文中に

「家事や育児にかまけていては研究は出来ません,云々,」

というのは,どうもね~.

前提には,【大学教授イコール男性】 という思いがあるのでしょうか.

では,女性研究者はどうすればいいの!?と思わず突っ込みを入れてしまいました.

家事,そして育児をしながらも,

多くの女性研究者は,仕事の上では男性と同じ質と量の成果を求められるのですから.
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by redsunflower | 2008-09-06 09:36 | 読書録 | Trackback | Comments(5)

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Commented at 2008-09-08 21:57 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 三ねんせい at 2008-09-08 22:03 x
「家事や育児にかまけていては…」には男の私でも納得できないです.そう言いながら私も専任で勤めていたときには家事のほとんどを専業主婦の妻に頼っていた恥ずかしい人間です.パートになってからなるべく家事を分担するよう心がけてます.
家事と研究とがまともに両立し得る道を探し求めなければいけないと思ってます.
Commented by redsunflower at 2008-09-09 15:29
typoのお知らせありがとうございました><; 
Commented by redsunflower at 2008-09-09 15:31
あれれ,三ねんせいさんは男性の方だったのですね.なぜか,女性だとばかり思ってしまってました^^;いけませんですね~.先入観もつのは~.
Commented by 三ねんせい at 2008-09-09 18:06 x
えへへへへ,文章が女っぽいのかなあ.それとも感じ方・考え方なのかなあ.他のブログでも「三十代の女性」と思われたことがあります.
「男は男らしく」と性別のこだわりの強い父親に育てられました.叱られるときは軍隊式のビンタ.母もまた男らしさ・女らしさにこだわる人でした.