「鹿鳴館の貴婦人 大山捨松」 久野明子 中央公論社

ある化粧品メーカーから送られてきた雑誌に日本初の女子留学生として紹介されていた記事があったので、「人生を切り開いていく女性」が好きな私としては、見逃す法はありません。すぐ、図書館でゲット。

大山捨松は、あの津田梅子らとともに、岩倉使節団ととともに11歳の時アメリカへ向かう。

よく幼い女子を、留学に行かせたものだと思っていたけど、この女子留学生たちは、みな、明治新政府に逆らった藩の出身だった。つまり、逆賊となってしまった「旧藩」の汚名を少しで晴らすという思惑が、送り出した側にあったのは興味深い。ちなみに本名は「咲子」、「捨松」は留学が決まり、生きて帰ることができるかどうかわからないので、母が「捨てて待つ」という意味でつけたそうである。母親としては、本当に厳しい覚悟が要っただろう。

日本人女性初のアメリカの大学学士として、帰国したが、彼女には経験と知識を活かせるポストなど用意されていなかった。男性留学者は、次々と高官にとりたてていかれるというのに。また、彼女自身、母語である日本語の読み書きがやはり十分でなかったことも災いした。

結局、彼女は、結婚し、「上流階級の社交界」を通して、自らの能力を発揮する道を選ぶ。バザーや寄付などの概念が広まったのも、彼女の活動が貢献したらしい。

様々な紆余曲折があり、挫折も中傷もあったそうだが、最後まで、「自分の置かれた立場で最善を尽くす」という彼女の姿勢は変わることがなかった。

明治の時代、こんな女性が実在したことに勇気付けられる一冊である。
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by redsunflower | 2007-05-23 19:36 | 読書録 | Trackback | Comments(0)

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