「あの日」小保方晴子著 講談社

図書館で借りてきた本。

今さら、あの事件を説明するまでもないが、研究者のひとりとしての感想。どうしてもぬぐえない疑問が残るので、きびしい感想になってしまうが、ご容赦を願いたい。
本に書かれていることが事実なら、彼女の実験に関する情熱はうかがえた。また、メディアの追及に心身ともに参っている様子は同情の余地はある。

「博士論文の草稿」を提出して、結果的にコピぺの部分がそのまま残ってしまった。この博士論文は国会図書館にも収蔵されてしまった、とある。まず、これは理解できない。博士論文の草稿か最終稿か区別できない人は、研究データの管理もできないと思う。博士論文に、「うっかり」、とか「つい」などはあり得ないと思うのだが。アドバイザーは、最終稿を確認しなかったのだろうか。それとも、このレベルで博士号が授与される大学があるのだろうか【結局、剥奪されましたが】

STAP細胞はある、と主張するが、科学の世界では「再現性」が必要で、自分には特殊なスキルがあって何度も成功したとあるが、それを再現できて初めて「科学的にある」といえるのでは。今の段階では、「常温核融合ができる」とその昔センセーショナルに登場し、その後偽物といわれた科学者と同じなのではないだろうか。

理研も税金を使って研究してる研究所。私の勤務大学では一円単位でも購入したものはその理由を明らかにし、「検収」を受けるという研究費の使用については厳しいルールがある。私立大学でも国の補助金を受けている以上、仕方ない。また、科研費をいただいたなら、その研究については筆頭著者はすべての責任を負わなくてはならない。このあたりの、認識がどうも彼女には欠けていたと思うが。本人も未熟であった、と述懐しているが、未熟な人が多くの研究資金(税金)を使ってもらっては困るな、というのが私の感想だ。

最後に、本は258ページにわたるしっかりした日本語で書かれ、説明も簡潔。「うつ状態で、再現実験もままならなかった」と再現できなかった理由をあげているが、この本はもしご本人が書いたなら、準備から1年近くはかかるだろう。

日本語とはいえ、258ページの本をこれほど高い完成度で出版できる人ならば、データ管理もしっかりできる能力はあっただろう、という逆説的な疑問も残った。

本人にインタビューして、ゴーストライターが原稿を書く、という手法も出版業界にはあるらしいが、さて、どうだろう。



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by redsunflower | 2016-07-09 10:50 | Trackback | Comments(0)

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